2007年4月15日三重県中部の地震について

名古屋大学大学院環境学研究科附属地震火山・防災研究センター


1.地震の概要
 2007年4月15日12時19分に、三重県中部の深さ約16kmを震源として マグニチュード(MJMA5.4)の地震が発生しました。
 震源情報 北緯34.794° 東経136.414° 深さ15.8km(防災科学技術研究所の自動震源決定結果)
気象庁によると、震源メカニズムは北東・南西方向の圧縮による逆断層です。
 この地震により、震源地に近い三重県亀山市では、震度5強の揺れを観測しました。また、三重県鈴鹿市、津市、伊賀市では震度5弱の揺れを観測しました。名古屋市内でも震度3の揺れを観測しています。亀山市を中心に負傷者や家屋への被害が報告されています。なお、今回の地震は規模がM5.4と中規模で、震源も16kmとやや深めであったため、地表の地殻変動は観測されませんでした(国土地理院による)。

2.地学的背景
 今回の地震の震源地付近には、「布引山地東縁断層帯」と呼ばれる活断層があります(図1) この断層帯は西傾斜で西側が東側に向けて乗り上げるような逆断層であり、鈴鹿山地や布引山地の形成に関わる断層帯です。今回の震源域の北側の延長部には「鈴鹿東縁断層帯」が、また、近くには「養老・桑名・四日市断層帯」があり、いずれも東西方向の圧縮により生じた逆断層と考えられています。
 今回の地震は「布引山地東縁断層帯」の活動によるものと思われますが、具体的にどの断層が動いたのか、現時点では不明です。震央の位置は、椋本断層の付近に決まりましたが、地震観測から求められた断層面には北東傾斜と南西傾斜の2通りの可能性があり、また、断層面の傾斜が40-50度程度あるため、断層面を地表まで延長した時に既知の活断層に合致するかどうか、良く分かっていません。
 この周囲に働いている東西方向の圧縮力は西南日本内帯に広く見られるもので、ユーラシア大陸と太平洋プレートの間の短縮運動を起源とする説が有力です。
 この地域は、歴史的に大地震の発生が殆ど知られていない地域です。 図2は、過去80年間のM5以上の地震の震央を示したものですが、今回の震源地付近には、1953年にM5.0の地震が一つあるだけです。さらに歴史をさかのぼっても、17世紀以降に被害を伴うような内陸の地震が発生したことは知られていません。ちなみに、布引山地をはさんだ西側の上野盆地では、1854年に伊賀上野地震(M7.3)が発生しています。 図3は最近10年間のM2以上の地震の分布を示したものです。今回の震源地は、微小地震で見ても活動が非常に低調だった場所だったということが分かります。

3.名古屋大学の対応
 今回の地震の発生を受けて、名古屋大学地震火山・防災研究センターでは以下のような対応をしました。
1)震源再決定
 防災科学技術研究所の高感度地震観測網(Hi-net)と広帯域地震観測網(F-net)および名古屋大学、東京大学、京都大学と気象庁の地震観測点の観測データを用いて震源の再決定を行いました。また、4月15日19時以降は臨時観測点データも含めて震源再決定しています。
再決定震源のリスト
再決定震源の図
2007年4月15日から4月24日のDD法による震源分布図
 今回の地震発生の2分前(12時17分)に、前震と思われる地震がありました。この前震はM3.4で、震源地付近では有感地震だったようです(被害調査参照)。また、18時34分には、今のところ最大の余震(M4.8)が発生しています。再決定された震源分布を見ると、前震、本震、余震とも2km四方程度の非常に狭い範囲に集中して発生していることが分かります。今回の余震活動は、M5クラスの地震としては非常に低調です。これが何を意味するのか、今のところ良く分かっていません。
2)余震観測
 今回の地震の震源地付近は、地震観測網がやや手薄でした。そこで、名古屋大学では地震発生当日に観測班を現地に派遣し、余震観測のための観測点を2ヶ所設置しました。
余震観測点の位置図
 観測点を増やしたことにより余震の震源がより正確に決まり、今回の地震でずれた断層面の形状が推定できるものと期待されます。こうした情報は、今回の地震が周囲に多数存在しているどの活断層と対応しているかを議論するための重要なものです。
3)被害調査
 地震発生当日に、災害対策室の林能成(助教)と安藤雅孝名誉教授が亀山市を訪れ、地震の揺れを体験した地元の方々にインタビューを行いました。詳しくは、以下の報告をご覧下さい。
インタビューのまとめ 2007年4月15日12時19分・三重県北部を震源とする地震についての被害調査速報(pdf1626kb)
4)震源過程解析
・地震波形解析による震源過程(作業中)
 今後も新しい情報が入りましたら、内容を更新していく予定です。


(最終更新 2007年4月26日 12時53分)